怪奇とは何か
- 北原 功士
- 2019年8月26日
- 読了時間: 2分
怪奇という言葉が好きです。
今で言うホラー映画は、幼少の頃は怪奇映画と呼ばれていました。主にドラキュラやフランケンシュタイン、狼男などユニバーサルやハマープロの怪物が出てくる映画を指していたと思います。
東海道四谷怪談などの幽霊が出てくる映画は怪談映画、悪魔や輪廻転生などを題材としたものはオカルト映画。悪魔のいけにえや13日の金曜日のような殺人鬼が出てくる映画は恐怖映画とカテゴライズされていたと思います。
スプラッター映画という言葉も生まれ、広くホラー映画という言葉が定着してからは、いつの間にか怪奇映画という言葉は使われなくなりました。
音楽のジャンル同様、映画を明確に分類するのは難しいですが、ホラー映画、オカルト映画、スプラッターあるいはスラッシャー映画など、怖い映画の多くは怪奇という概念を内包していると思います。
他には江戸川乱歩や夢野久作などの探偵小説と呼ばれる物にも怪奇世界が渦巻いている事が多く、僕はトーベ・ヤンソンのムーミンの世界にも怪奇を見いだしたりしますので、便宜上のカテゴリーだけで怪奇を捉える事はできません。
アート系の映画や絵画の中に怪奇的要素を見て背筋を凍らせた経験がある方もいるのではないでしょうか。
さらに言えば、僕は昭和の街並みが夕暮れでシルエットになり木造住宅の裏にできた闇や薄明るい街灯に怪奇を感じたりします。
逆に心霊番組や怪談の多くに怪奇という要素を見いだせなかったりもします。
殺人事件には猟奇的なタブーを感じる事がありますが、未解決事件となると、言い知れぬ恐怖や得体の知れない不気味さを感じ、怪奇という言葉が当てはまるような気がする事もあります。
怪奇という言葉は、人それぞれ違う概念を想起させる向きもあるかと思いますし、皆さんの思う怪奇と僕の思う怪奇に差異があるとも思い、全てを共有するのは難しいと思います。
例えば、見世物小屋や紙芝居、探偵小説や怪奇児童書など古い娯楽文化やかつての街並み、浅草十二階などの建造物そのものが怪奇的存在であると令和という時代の今、思うのです。
つまり、過去の文化や過去そのもが怪奇であるとも言えます。
ノスタルジーと怪奇は同義であるというのが僕の持論ではありますが、過去を懐かしむ僕の心が怪奇なイメージを伴う過去を創造しているとも言えるのです。
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