現代に怪奇画報を作る意味
- 北原 功士
- 2019年8月26日
- 読了時間: 3分
そもそも昭和における怪奇児童書というのは、1930(昭和5)年頃に起こった大恐慌の余波で、多くの失業者が始めた、紙芝居という娯楽文化を源流とするものであるのは間違いありません。
紙芝居の演目で、圧倒的な知名度を持つのは、鈴木一郎原作、永松健夫作画の「黄金バット」ですが、一方で伊藤正美原作、辰巳恵洋作画による、土俗的因習に満ちた「ハカバキタロー」や、浦田重雄によるエロチックな「猫娘」などの怪奇譚が紙芝居のもうひとつの主流でもありました。
紙芝居を作っていた人々は、本来、娯楽文化に携わる脚本家でも画家でもなく、そういう人たちが考える娯楽というものは、講談や芝居、見世物小屋など、江戸から明治大正まで続いた文化の中の、とりわけ怪奇的な要素であったのです。
彼らは少年期から彼ら自身が楽しんだ、ヒーロー物や怪奇物語を紙芝居の演目に取り込んでいき人気を博したわけですが、残酷、エロティシズムな表現により、紙芝居という文化に検閲がかかるようになります。
時代は移り、紙芝居に関わったある画家たちは少年雑誌の絵物語や読み物の挿絵を描き、ある者は貸本漫画の世界に流れていきます。やがて少年たちの娯楽の主流が漫画やテレビとなり、そこでも怪奇という存在はあるものの、決して、娯楽の王道ではなくなっていたのです。
さらに時代は移り、怪獣や特撮ヒーローが人気を呼んだ僕らの時代、紙芝居画家であった石原豪人を主力とした、怪奇児童書が生まれます。
雑誌の読み物に添えられた挿絵には馴染みもありましたが、漫画やアニメの作画とは違う、若干の恐怖を伴う作画は、僕らの世代にはむしろ新しく、文章より絵が主体の図鑑のような構成と密度は、漫画本や児童文学書とは一冊の重みが違いました。
おそらく怪奇児童書というものは、かつて紙芝居や挿絵の魅力に囚われた世代によって作られた、時流とは異なる、ノスタルジーをも内包する新たな娯楽文化であり、それに必要だったのは、漫画やアニメにはない、見世物小屋の絵看板を思わせる、怪奇と恐怖そのものを表す筆致だったのでしょう。
昨今、一時は制作されなくなっていたオカルト番組もテレビで放送されるようになり、僕らが少年期に楽しんでいた怪奇アニメがリメイクされ、若い世代にも昭和という時代の怪奇性が注目されている向きもあります。いかなる時代においても、多くの人々が恐怖の中に心地よい娯楽性を求めるのは間違いなく、映画やアニメ、漫画や小説では健在の怪奇世界ですが、怪奇児童書だけは復活していません。
そこで僕は怪奇児童書というものを今再び作ってみようと思っているわけですが、僕は紙芝居や挿絵の画家ではありません。それゆえ、昭和の画家たちが描いたものの本質的な再現は不可能で、逆に娯楽の先端でもあった漫画業界で培った表現法は僕自身の作画の引き出しに蓄積されているはずです。
僕は、かつての怪奇画家たちの筆致や構図を意識的に取り入れるかたちで作画しデジタルでなくアナログに拘りますが、それは懐古趣味ではありません。闇が薄れた現代の娯楽文化にこそ必要な作画法であり、現代においても表さなければならない様式美と捉えると同時にノスタルジーもまた怪奇の一部であると思うからです。
そこに、かつての画家たちが吸収し得なかった表現を加える事で、新しい怪奇画報が生まれると思っています。
おそらくこれは、どの時代の画家たちも採用した手法でしょう。
過去の様式美を保ちつつ、現代の表現を潜ませる。一見、昭和の怪奇画を思わせるであろう僕の絵に現代的な表現が隠されている事を皆さんが感じてくれれば、今この時代に懐かしい怪奇画報を再び作る意味もあるのです。
絵具が作り出す闇の魅力と、今という時代が反映されている「令和怪奇画報」の意義に皆さんの同意が得られればこんなに幸せな事はありません。
Comentarios